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コラム「坤輿万国全図」中国大気汚染防治法とPM2.5対策

2021.7.30

コラム「坤輿万国全図(こんよばんこくぜんず)」2021年7月号 「中国大気汚染防治法とPM2.5対策」

羊肉串、私が最も好む中国料理の一つである。出張へ行き、一仕事が終わると、きまってその地の羊肉串焼店を探していた。夕食の場所である。会食料理が多い中国で一人前の料理が注文できる。串焼、チャーハン、スープ、全て羊肉入りであるが、羊を食すると不思議に安堵感があった。羊肉は他の食肉と比べて栄養価に優れているといわれている(図1、羊肉と牛肉の栄養価比較)。身体が羊肉の栄養素を欲していると私は理解していた。

初めて中国の羊肉串を知ったのは、2012年南京市内、夜になると路地に出てくる屋台での串焼である。交差点ごとに3店、5店と集まり夜の2時頃まで夜食を求める人々で賑わっていた。羊生肉のほか、野菜やイカなどの海鮮、炒飯、麺類を炭火で調理してくれる。飲料は近くにあるスタンドでビールを買う。もうもうとした煙が立ち込める。

ところが2013年の冬、屋台の出店が禁止された。春節(中国の正月、旧正月のこと)や婚礼の際に好んで用いられていた爆竹が禁止されたのもこの頃からであった。PM2.5対策である。現在では市内に羊肉串焼の屋台を見かけることはなく、店舗型の羊肉串焼店で食べることになる。しかも、店舗には写真2に示す油煙除去装置が付けられている。調べてみると、これも大気汚染防治法による規制の結果と思われる。

今回は先ず、大気汚染防治法関連の制度をまとめる。表1に主な政策、法令及び基準を示す。

中国の法制度は上位の政策・法令から読み解くと理解しやすい。大気汚染防治関連では、大気汚染防治行動計画(以下、大気十条)(2013年)が上位の政策である。この中で、飲食サービス業に対して油煙浄化設備の設置促進が第一条(二)に示されている。2015年改正・大気汚染防治法では八十一条に「油煙を排出するレストランなどの飲食業の経営者は油煙浄化設備を装備して・・・」と設置義務化を示す内容に改正されていた。また、2018年江蘇省の青空防衛戦に勝利する3カ年行動計画には、「2018年末までに重点飲食油煙事業者の改善を完了する」と示されていた。

2020年秋頃には日系の工場から、接着剤揮発性有機化合物限量(GB33372-2020)の解釈についての問い合わせを受けていた。この制度に関しても、大気十条 第一条(一)に「塗料、接着剤などの製品の揮発性有機化合物限度基準を改善し、水性塗料の使用を普及させ、低毒性・低揮発性有機溶剤の生産、販売、使用を奨励する」と示されていた。大気十条に基づき改正された基準であった。上位の政策を読み解くと、将来改正・制定される制度の予測ができる。また、当該制度の重要度が理解できる。

大気十条を引き継ぎ2018年に「青空防衛戦に勝利する3カ年行動計画(実施期間2018年〜2020年)」が公布された。この中で産業界に対してVOCs排出総量の削減が示されている。さらに2020年6月、重汚染天気重点業界緊急排出削減措置制定技術指針(2020年改訂版)が公布された。この制度は、排気対策の実施状況に応じて工場をABCD等級に分類(A級認証:良い企業)して、大気品質悪化時にはABCD等級別に生産規制を命じる制度である。大気品質悪化時、A級企業は自主削減措置となり生産削減を免れるこが可能になる。企業はA級企業認定を目指したいところであるが、VOCs処理施設での除去効率が95%以上など上位の排出管理が求められることになる。

 

弊社は、大気品質悪化時の規制の緩和・排気中VOCsの除去効率向上といった日系工場からの要望に応え、VOCs99%除去が可能な排気処理装置・FP法(フィルター・パウダー法)を開発している。次回のコラムでは、重汚染天気重点業界緊急排出削減措置制定技術指針(2020年改訂版)とFP法について紹介したい。

 

図1 羊肉(ラム肩肉)と牛肉(バラ肉和牛肉)の栄養価比較(生肉100gあたりの成分)。出典:日本食品標準成分表2015年版(七訂) 。羊肉(ラム肩肉)のカロリーは223kcal/100gに対して牛肉(バラ肉和牛肉)では517kcal/100gでありカロリーは羊肉の方が低い。一方、タンパク質、ミネラル、ビタミン類は多くの項目で羊肉の方が高い栄養価である。

表1 大気関連の政策、法令、基準

公布機関 名称、公布・改訂年 主な内容
国務院 大気汚染防治行動計画(大気十条)(2013年) 上位の政策。数値指標達成のための十ヶ条の政策が示されている。2013年〜2017年の5カ年計画。

数値指標:2017年までに地級以上の市の吸入粒子状物質(PM2.5、PM10)の濃度は2012年と比較して10%以上低減、優良天候日の増加。北京-天津-河北省、長江デルタ、珠江デルタ、その他の地域の微細粒子状物質の濃度は、25%、20%、15%削減。

産業界に対する主な政策は以下の通り。

第一条(一) 揮発性有機化合物汚染対策を実施する。

石油化学業で「漏洩検知と修復技術」の技術改良を行う。

塗料、接着剤などの製品の揮発性有機化合物限度基準を改善し、水性塗料の使用を普及させ、低毒性・低揮発性有機溶剤の生産、販売、使用を奨励する。

第一条(二) 飲食油煙対策を展開する。高効率の油煙浄化設備設置を促進する。

第五条(十七) 汚染物質排出総量規制を厳格に実施し、二酸化硫黄、窒素酸化物、煤塵・粉じん、揮発性有機化合物排出が総量規制要求に適合するかどうかを建設プロジェクト環境影響評価審査の前提条件とする。

第七条(二十二) 大気汚染防治法改正作業を急ぎ、総量規制、汚染排出許可、緊急対応・早期警戒、法的責任などの面で制度を重点的に整備する。

環境保護法改正を急ぎ、汚染排出許可証管理条例を速やかに提出する。

各地区の実情を踏まえ、地方大気汚染防止命令、規則を提出する。

国務院 大気汚染防治法 (1987年公布、改正1995年、2000年、2015年、2018年) 規制対象物質は、顆粒物、二酸化硫黄、窒素酸化物、揮発性有機化合物、アンモニア及び温暖化ガス等(二条)

標準の作成(八〜十三条)。環境影響評価の実施、排出総量規制の遵守(十八条)。排汚許可証の取得(十九条)

生産・輸入・販売・使用低揮発性有機溶剤の推奨(四十四条)。VOCs廃気のある生産活動では密封空間で行うか排気処理設備の設置、密封できない場合には排気減少措置をとること(四十五条)。低VOCs塗料の使用、台帳(使用原材料、廃棄量、VOCs含有量)の作成・保管義務(3年)(四十六条)。

油煙を排出するレストランなどの飲食業の経営者は油煙浄化設備を装備(八十一条)

罰則の強化(是正まで連日処罰、生産停止、工場閉鎖)(九十八条〜)

国務院 青空防衛戦に勝利する3カ年行動計画(2018年) 大気十条を受け継ぐ政策。実施期間2018年〜2020年。

目標と指標:主要大気汚染物質の総排出量を大幅に削減。温室効果ガスの排出量を削減し、微小粒子状物質(PM2.5)の濃度をさらに顕著に低下させ、重汚染日数を大幅に減らし、大気環境質を顕著に改善する。

2020年には、二酸化硫黄、窒素酸化物の総排出量は2015年比でそれぞれ15%以上削減し、PM2.5濃度未達の地級市以上の都市域濃度を2015年比18%以上減少、都市域の大気品質優良日数比率は80%以上に達し、重度以上汚染の日数比率は2015年比で25%以上減少させる。

2020年、VOCs排放総量2015年比10%以上低減させる。

重汚染天気時、重点区域では秋冬季重点業種のピークシフト生産を実施する。

法規制の改善 以下を制定・改正する。

排汚許可、接着剤・塗料・インク・洗浄剤・その他の製品のVOC含有量制限に関する国家標準

医薬品、農薬、ガラス、鋳造、工業用塗装、飲食業油煙などの主要産業の汚染物質排出基準

VOCs無組織排放標準

(以下 江蘇省の青空防衛戦に勝利する3カ年行動計画)

2020年には、二酸化硫黄、窒素酸化物、VOCsの総排出量は2015年比でそれぞれ20%以上削減し、PM2.5の濃度は46ug/m3以下にし、大気質の優良日数比率は72%以上に達し、重度以上汚染の日数比率を2015年比で25%以上減少させる。

2020年、重点業種のVOCsの排放総量は2015年比で30%以上削減する。

飲食業の油煙汚染防止を強化する。飲食経営事業者や会社などの食堂には、油煙回収機能を有するガス換気扇または高効率の油煙浄化設備を設置し、効果的な運転を確保する。2018年末までに、重点飲食油煙事業者の改善を完了する。

生態環境部 重汚染天気重点業界緊急排出削減措置制定技術指針(2020年改訂版)(2020年) 北京、天津、河北、山西、上海、浙江、江苏、安徽、山東、河南、陝西の生態環境庁 宛て

39業界の企業を排気対策の実績評価によりABCDの4ランクに分類。ABCDランク別に重汚染天気時の排出削減措置(差異化措置)を定める。

重汚染天気時、A級企業:実態に合わせた自主削減措置(江蘇省では秋冬生産規制免除申請の条件)。D級企業:黄色以上警報期間、吹付生産設備の稼働停止(業界によって異なる)。

主にVOCsに関する国家基準・業種別基準・地方基準 大気汚染物総合排出標準(GB 16297-1996)

揮発性有機物無組織排放規制標準(GB 37822-2019)

塗料、インク及び接着剤工業大気汚染物排放標準(GB 37824-2019)

接着剤揮発性有機化合物限量(含有量の上限値)(GB33372-2020)

車両塗料中有害物質限量(GB24409-2020)

インク中揮発性有機化合物(VOCs)含有量の限値(GB 38507-2020)

洗浄剤の揮発性有機化合物含有量の制限(GB38508-2020)

工業企業揮発性有機物排放規制標準 天津市(DB12/ 524-2020  代替DB12/524-2014 )

写真1 羊肉串。左は蘭州市内の羊肉串、夜食で買い求めた短い串20本。柔らかく美味。ただし、ノンアルコールのお店。右は私の上海での夕食の定番。大串3本、新疆ヨーグルト、羊スープ小。

写真2 新疆ウイグル自治区、鄯善市内の羊肉串店。羊肉、魚、野菜、ナン、様々な串焼き食材が並ぶ。炭火焼きロースターでは煙が出ているが、煙は油煙浄化設備の方に引き込まれている。地元では家族の夕食もここ。

写真3 南京市内の羊肉串焼店。新疆風の店舗である。炭火焼きロースターの上に、油煙浄化設備が見えている。市街地で見かける羊肉串焼店ではどこでも見かける装置である。このような店で一人食べているとよく話しかけられる。中国人は気前がよく、私が日本人と知るとよくご馳走してくださる。

写真4 仲間と食する羊肉串焼は格段に美味しい。左は日本からの来客を招き、現場が終わった後の羊肉会食。羊肉串は大串である。中国には羊肉を好む日本人が多くいる。筆者らは仕事で一緒になった駐在者・出張者・インターンシップの学生を誘い「羊肉会」を創っている。写真右はその会の幹事長。美味しい羊肉串焼の店、羊肉とワインの組み合わせを教えてくださる。この日は上海の自動ロースター店であった。

写真5 羊会食に合う酒は白酒である。白酒とは高粱などの穀物を原料とした蒸留酒で、アルコール度数は38度から55度くらいまでである。甘みのある味わいは泡盛に近い。割らずに飲む。水で薄めると途端に不味くなるのは日本酒に似る。アルコール度数が高いほど喉越しが良く、私たち羊肉会の仲間で飲むときには50度以上の白酒を選ぶ。左は山東省済南市(孔子の故郷の近く)の「心酒」、右は江蘇省の代表的な白酒「天の藍」。どれもボトルに特徴がある。